安全意識:スポートクライミングのプロテクション


スポートクライミングを安全に楽しむために必要不可欠なのはプロテクションの存在です。

ジムから、外岩まで様々な場所で重要な存在です。
私たちの命はロープ、カラビナ、ヌンチャク、ハンガー、そしてボルトを介して岩と連結しているのですから、最終的な命を預ける場所はボルトとハンガーとなります。


しかしながら、多くのクライマー(初心者?)はボルト、ハンガーに対して特別意識せずにいます。

もはや耐えれない状態のボルトに対し、知識の有無は生死を分ける境界線へとなってしまうでしょう。

読んでおきたい本

ブログやネットの知識は誤りが当たり前のようにあります。”タダ”で手に入る情報を鵜呑みにせず、その情報のソース(引用元)を確認するようにしましょう。

この記事は次の本の内容を抜粋・引用して書いています。


アウトドア・クライミング

D助さんこと井上大助さんの本です。
アウトドアでクライミング楽しむ人たちには一度は読んでほしいですね。

ジムトレーニングの合間に少しずつでも読んでもあっという間に読めるでしょう。

外岩のプロテクションのもろさ


ジムのプロテクションは運営者によって管理されていますので、目の届く範囲で様子が常にうかがえるものです。

一方で、問題となるのは外岩のプロテクションです。


2015年7月15日のPEAKSの中で「時代を築いたクライマーたち」という記事が面白いと友人から言われて読んだとき


とてみ興味深い内容だったのだが、その中でプロテクションについて話しが少しあった。

どこのルートを書いていたか覚えていませんが、初登以降、数多くのクライマーが登りそこにはピトン、プロテクションの山が残置され、どれが用いれるものかよくわからなくなっていることについて言及があったと記憶している。

初登者は後世の事など関係なく、自分が登れれば良い。

という思いが中心になり残置ピトンがあったりしたものだ。という旨の文章があったと思う。プロテクションは自分が登るため。それはクライマーとしては至極まっとうな話ですね!

スポーツ感覚でジムや整備されたルート常に楽しむ人たちには理解できない感覚かもしれません。

クライミング全般が、山から始まっていること。そして、山を登るための技術であること。

そして、外岩クライミングは”冒険”なので、危険と常に隣り合わせであることを忘れてはいけません。ジムと全く異なる環境意識を持ちましょう。それがまた楽しみになるのですから。

最近では後に登る人達のこと考えてボルトを打っていることも多いようです。


プロテクションの種類


ボルトの引張強度はどれほどあるだろうか?と疑問に思った人は少なくないはず。ハンマー一撃で抜けたとか、引っ張ったら抜けたとか青ざめるような話は聞くが・・・

こちらのブログではオールアンカーとグージョンの引張強度を計測しているので興味深かったです。岩質は・・・石灰岩なのかな?オールアンカーでも21KN以上発揮している。


オールアンカー

日本の岩場では以前からよく使われていたそうです。
基本的に 10mm以下 は全く信用ならないものだと判断。

しかし、岩質を選ぶため、正しく施工してあっても注意する必要がある。
特に凝灰岩とは相性も悪いようだ。

基本的に工業用。安価だし、鉄製も多いのでステンレスハンガーと組み合わせていたら経年劣化で腐食することも。

またアンカーが正しく打ちこまれていなかったら 効いていない と判断する。
(奥まで刺さっていない、途中で折れ曲がっている)

カットアンカーの下に動画を付けたのでそれを見たらわかると思いますが、ねじ山部分の突出が強く、そのためのカラビナとの相性問題もあるようです。

カットアンカー


カットアンカーも日本の岩場には多いようですね。
オールアンカーもカットアンカーも工業用ですし、安価に入手可能です。

カットアンカーは 適切な深さ でドリル穴があけられているかが重要になります。

深すぎれば十分に拡張しなかったり、ハンガーなどのせいで奥まで打てない=効いていない
浅いと飛び出した状態になって、破損する原因となる。

また固定ネジは8mmが多いので支点強度が低いそうです。
そして、ワッシャーをかませてないとネジが緩んでしまいます。もちろん、異金属による腐食にも注意。

10mm製もあるようですが、そちらは支点として信頼性も高いとのこと。
ペツルのロックアンカーという名称での製品もあります。12mmの経に8mmのボルトを接続してある構造みたいですね。基本、下降専用で打ってあるようですよ。

カットアンカーの特徴はねじ山が飛び出していません

オールアンカー&カットアンカーの説明

強度不足についても紹介されているのでボルトが飛び出しているなら強度不足からの破断リスクは高くなります。

ウェッジアンカー(グージョンボルト)


一般にはウェッジアンカーと呼ばれますが、ペツルはグージョンボルトの名称。しかし同一の構造物です。


ウェッジアンカーはカットアンカーと似ていますが、
実際には異なるものです。この辺り間違えやすそうですね。

カットアンカーは打ち込んでアンカー効果を得ますが、ウェッジアンカーの場合にはネジ締めをすることでアンカー効果を得ることができます。

HILTIのものは68mm(C)と90mm(E)などが刻印されているので深さがわかりますね。基本的にM10で打たれているようですが、それ以下のものはNGということで。

ウェッジアンカーはネジ締めで拡張するので、オールアンカー、カットアンカーよりも確実性が高く、またネジ締めが十分に行えなかった場合にアンカー効果を得ていないのも明確です。

しかし、これまで紹介してきた全てが 拡張型 のアンカーなので岩質との相性の悪さは同一でしょうね。花崗岩との相性は良く、凝灰岩系は悪いようです。つまり、海岸の岩に拡張型アンカーが打ってあったら注意しましょう。

ウェッジアンカーはドリル穴が深すぎても効きますので、その点でも利点は高いですね。

動画で仕組みを解説
 
グルーインボルト/ケミカルボルト

化学溶剤を用いてハンガー一体型ボルトを固定するものです。
ケミカルなどと呼ばれるのが一般的ですね。

全ての岩質に用いれる最も信頼性の高いハンガーボルトとして知れ渡っています。

問題点としてはケミカル溶剤が硬化するまで登れない。
ということくらいですが、さして問題になるものではないでしょう。

ペツル製とFIXE製の2パターンあるのが一般的です。
ペツル=高価ってイメージがありますね。その理由もあります。
ペツル製のグルーインボルト。半円形をしているのがぱっと見でわかります。
FIXE製のグルーインボルト。楕円形?

両者の違いは製造工程にあります。
○ペツルはカラビナと同じように プレス方式 によって製造されています。
○FIXEは棒を曲げて 溶接 した形になります。

FIXEはペツルのものより耐荷重が高い印象ですが、溶接部分はどうしても強度が弱くなります。

実際の手順の動画(基本的な方法)


※日本国内ではグルーインアンカー施工で以下のように応用しているそうです。

FIXEのグルーインアンカーの施工時、メーカーは壁に対し直角に穴をあけますが、JFAは5年前からFIXEの指導もあり壁に対し15度程度下方に向けて穴あけしています。

下方に向けて施工する理由は直角に施工するとクイックドローが何らかの作用で持ち上げられた際にハンガー部分にカラビナが乗っかり、外れる事故が発生した経緯から修正しています。

この応用は9年前から行われているそうです。詳しくはFree Fun 春号 #059、28ページに記載されていると情報提供いただきました。



情報提供いただいた現象は以下の動画と似たような事故を防ぐために行われています。

Petzlのグルーインボルトは半円形をしているのでこの現象は”発生しにくい”とされていますね。



日本だけ?全部がネジ山の全ネジボルトをグルーインボルトのように使用しているケースもあるようですね

JFAでもリボルトで全ネジボルトにケミカル剤で固定する方法で使われているようです
ボルトを埋め込んで、ハンガーとセットで使うので一見するとウェッジボルトと違いがわからないですね

フリーでは用いれないプロテクション

フリーで用いることはできませんが、アルパインや沢などでは用いられていることがあるプロテクションがあります。

何が違う?

端的に言えば、強度が全く違います。
しかし、その背景には・・・ フリーは滑落ありき のクライミングですが、その他では 滑落してはいけない という概念の違いがあります。

しかし「自分はこのルートが登りたい」という初登者の意識にはフリーで用いることができなくても、ある程度(また短い期間)の支点強度があればよい。として打たれ、登っていたならば通常用いられない支点を自己責任のもと使うことはありえます。

あとは費用の問題も。

そこに初登者の強い意志があったり、どんな思いでこのルートにボルトを打ったのか感じることがありますね。特に山行時に見つけるとボルトの位置から苦労を感じたりします。

ということで、フリーでは使ってはいけないプロテクションも確認してみます。

RCCボルト

アイボルト

リングボルト

いずれも支点強度はなく、クライマーの墜落には耐えれない。


ハンガーの問題

ボルトが岩と連結する役目を果たすのですが、オールアンカー、カットアンカー、ウェッジアンカーではカラビナをかけるためのハンガーが必要になります。

D助さんはブログでオールアンカーとカラビナの相性の悪さについて言及していますね

ハンガーの歴史

今の人達には想像ができないかもしれませんが、過去の人達は”安全とはなんぞや”ってプロテクションをとってきました






冗談じゃなく、登れればいいんです。っていう感覚が伝わるようです。
今の安全は過去の多数の事故や経験がつながってできているもので、これからもまだまだ改良される余地があるでしょう。


様々な工夫をこらしたハンガーから徐々に安全に配慮する工夫がなされているのがわかります。

ハンガーの向き


こんな向きで取り付けられたハンガーはクライマーの進行方向によってはカラビナが外れるかも。
適切なハンガーの向きはこの角度です。
(ただし岩場の形によっては異なる場合も)



友人が興味深い動画を送ってくれました。
動画はハンガー側とロープ側のビナを互い違いにしているケースの盲点。という感じの内容ですが、ハンガーも傾いてカラビナに引っかかりやすくしてあるのがわかります。


不適切な向き、構造(自作など)や腐食によってハンガーでは耐えれずに破断してしまうことも。

まとめ

ボルトの特徴を簡単にまとめると・・・
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オールアンカー:
 ○ねじ山の中心に心棒が打ってある。
 ○心棒が正しく打ってないと強度不足になるのですぐにわかる
 ○ねじ山の突出がカラビナの動きを妨げて外れる可能性が高い


ねじ山が出ないカットアンカー
カットアンカー:
 ○ネジ山がでないのでカラビナの動きを妨げにくい
 ○正しい深さの穴を開けないと強度が十分にならないが、正しい深さで施工してあるかわからない
 ○ほとんどのカットアンカーは十分な強度を出す施工になっていないらしい
 ○カットアンカーは正しく強度を出す施工にしてあるかわからない

ウェッジアンカー:
 ○ねじ山に心棒が刺さってなかったらコレか全ネジ
 ○十分な強度を出すにはナットを十分に締めてある必要がある
 ○効かない状態だとくるくる回ってしまうことも

楕円形はFIXE/半円形はpetzl
グルーイン:
 ○ケミカル剤が出ているので一目でわかる
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スポートクライミングにおけるプロテクションとは、ボルト+ハンガー+カラビナ+ロープによって構成されています。

最も重要な事はクライマーが知識をもって、プロテクションを常に確認して登ることです。

2012年にはスイスで残置ビナにロープを通して滑落とともにロープの破断が生じ死亡した事故もありました。その場にあるプロテクションが適切かどうかは常にクライマーの知識と判断によって行わなければなりません。

「他の人や強い人が使ってるから大丈夫でしょ」

といった根拠のない判断に身を任せることはせず、自分自身の知識をアップデートして安全意識を持ちましょう

ちなみに、BMCがボルト・ガイダンスがネットにアップされているので読んでおくのもいいですね。ボルト・ハンガーのタイプや注意点、歴史などが紹介されています。

Part 1: A Users Guide
Part 2: An Installers Guide

コメント

  1. 初めまして団長さんのFBからこちらを知りました。
    丁寧な説明に非常に感心しました。
    一点気になった動画がありましたのでコメントさせていただきました。
    FIXEのグルーイングアンカーの施工方法の動画の中でドリルで壁に穴を開ける際に
    壁と90°(直角)となっていますが、5年程前からJFA(NPO法人 日本フリークライミング協会)はFIXE社の指導もあり直角から15°程下向きの角度を付けて穴開けをしています(壁の上方から75°、下方から105°)。理由は直角に施工されたボルトでクイックドローが何らかの作用で持ち上げられた時にボルトのハンガー(?)部分にカラビナが乗っかかり外れる事故が起こったからです。FIXEのグルーイングボルトの形状を見れば理解していただけると思います。
    下向きに15°程の角度で施工することによりカラビナが乗り難くなります。
    備中や帝釈では初期のリボルトでは壁に対して直角に5年程前からは15°斜め下に角度を付けてリボルトしています。
    長いコメントになり申し訳ありません。

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    1. マメオさん。コメントありがとうございます。マメオさんのブログも大変参考にさせていただきました。この場をお借りして感謝申し上げます。

      情報の補填いただきありがとうございます。
      存じていましたがメーカーの公式のものを採用いたしました。というのもJFAの公式サイトなどで見つけることができなかったので情報元の提示ができないことから「個人の解釈」と混同されても困ると考えた次第です。

      コメントいただいたことで情報の信頼性が高くなりますので、ブログ記事に反映させていただきたいと思います。その他誤った情報などありましたらご指摘いただければ幸いです。

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  2. 早速の補填ありがとうございます。
    その後正確な日時が気になり調べましたら、JFAの会報誌のfreefanの2009年春号#059の28ページにFIXEグルーイングアンカーを壁面に対して15°下向きに施工する記事が出ています。5年前ではなく9年前になります。申し訳ありませんでした。
    これからも読ませていただきますね。

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    1. マメオさん。正確な情報を提供いただきありがとうございます。フリーファンに載っていたんですね。初めて知りました。ありがとうございます。9年前というと・・・まだクライミングをしていなかったので掲載があっても知らない話でした。改めて過去のフリーファンを読んでみます。記事の情報も修正させていただきます。ありがとうございます。

      併せて、FIXEグルーインボルトで生じるハンガーが外れる現象。それに近い資料があったので紹介いたしました。今後ともよろしくお願いいたします。

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  3. http://shintac-co.com/professional/professional-cat/pro12/

    私はFIXE、PETZL、Climbing Technology3社のハンガーの形状で、一番安全な形状はClimbing Technology社製のものだと思います。その理由はアンカーの突き出し部分より、カラビナをかける穴が上側に離れているからです。アンカーの突き出し部分がカラビナをかける穴に近いほど、カラビナが干渉して破断や、脱落の可能性が高まります。そしてその可能性は12センチくらいの短くしなやかでないクイック・ドロー(逆クリップしてフォールしたらロープが脱落)ほど高くなります。まさに動画のクイックドローはこれ。
    初級者が購入するだろう数本セット物のクイック・ドローにこれが多いのはおかしいです。
    ハンガーはできたら一番価格が安いPETZL社のものはつかわないで欲しいです。
    クライミング用として販売されているステンレスのグーションアンカーは、現在は写真で見たらおそらく工業用のものと同じです。それで3倍くらい高価に販売されています。高価なのはシークリフ用の特別なものかもしれませんが。ビットはホームセンターで購入すると1000円程度です。
    ステンレスグーションはホームセンターでは何故かばら売りしてません。30本箱入りで7500円くらい。
    鉄製アンカーはステンレスの1/3なんだよな~(^-^;
    ケミカルアンカーとラッペルステーションで1ルート2万円くらいかかるそうです。
    人件費、交通費を入れると。。

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    1. Kさん。コメントありがとうございます :)
      様々に考察してくださってとてもありがたいです。記事にしてよかったなとコメントを拝見して思いました。

      「どのハンガーが最も安全か?」と疑問をもつととても言及しにくいことですが、各クライミングメーカーには形状と破断について研究を重ねていただきたいですね。

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